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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)307号 判決

フランス国

13420 ジェムノ パルク ダクティヴィテドゥ ラ プレーヌ

ドゥ ジュク アヴニュ ドユ ピックドゥ ベルターニュ(番地なし)

原告

ジェムプリュス カード アンテルナショナル

代表者

ベルナール ノナンタシェル

訴訟代理人弁理士

越場隆

岡部惠行

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

伊藤晴子

前川幸彦

小池隆

主文

特許庁が平成7年審判第15629号について平成9年6月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

主文第一項同旨の判決

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年5月6日、意匠に係る物品を「アイシーカード」(後に「集積回路内蔵カード」と補正。その形態は別紙第一のとおり)とする意匠登録出願をしたが(平成4年意匠登録出願第13297号。優先権主張1991年11月4日フランス国第916847号)、平成7年3月22日拒絶査定があったので、平成7年7月20日審判請求をしたが(平成7年審判第15629号)、平成9年6月23日、出訴期間90日が付加された上「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月4日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

2-1 本願意匠は、その形態を別紙第一に示すとおりとしたものである

2-2 これに対し、原審において拒絶の理由として引用した意匠は、本願意匠の出願前の平成1年10月4日に出願した平成1年意匠登録願第36304号意匠(拒絶査定が確定している。)であって、その願書の記載及び願書に添付した図面によれば、意匠に係る物品を「集積回路内蔵カード」とし、その形態を別紙第二に示すとおりとしたものである。

2-3 そこで、本願意匠と引用意匠とを比較すると、両意匠は、意匠に係る物品が共に接点領域小片を有する身分証明(ID)カードとして使用されるものであるから、同一の物品と認められ、その形態については、以下の共通点と差異点が認められる。

2-4 まず、両意匠の共通点としては、基本的構成態様において、全体形状を長辺と短辺の長さの比率をほぼ同じくする薄い隅丸横長矩形状の板体とし、板体の上方左端寄りの部位に隅丸横長矩形状の接点領域小片を設け、その小片内部の区画模様は、長辺の中央部に間隔を設けて、その左右には、長辺と平行に細い分割線で区切られた略長方形状の小区画を複数個ずつ各一列状に形成した点が認められ、さらに、具体的態様においても、接点領域小片内部の区画模様につき、その長辺側1端において長辺の2/3の長さで細幅の余地部を設けている点が認められる。

2-5 他方、両意匠間の差異点としては、1)接点領域小片の位置について、本願意匠は、引用意匠よりやや上方に位置づけている点、2)接点領域小片について、ア)該小片の形状について、本願意匠は、縦横比が約8:9で、隅丸の度合が引用意匠より大きい横長矩形状であるのに対して、引用意匠は、縦横比が約5:9の横長矩形状である点、イ)該小片内部の区画模様について、引用意匠は、小区画の数が左方に4個、右方は上辺に沿った最上段小区画分を余地部として3個設けており、また小区画の各左右端部寄りに極小のピン孔8個を設けているのに対して、本願意匠は、小区画の数が左方には、下方より2段目を余地部として4個、右方は下辺に沿った最下段小区画分を余地部として4個設けており、なお、上端左右及び下端左の3隅に存在する各小区画は略三角形状を呈しており、さらに、上記該ピン孔は存在していない点が認められる。

2-6 そこで、これらの共通点及び差異点を総合し、両意匠を全体として考察すると、この種物品においては、板体上の接点領域小片の位置、形状、及びその小片内部の構成態様が類否判断上の主要な要素と認められるところ、両意匠のこれらの態様において、共に板体の上方左端寄りの部位に隅丸横矩形状の接点領域小片を設け、その小片内部の区画模様は、長辺の中央部に間隔を設けて、その左右には、長辺と平行の細い分割線で区切られた略長方形状の小区画を複数個ずつ各縦一列状に形成した基本的構成態様は、共通する具体的態様と相まって両意匠の全体の基調を顕著に表出しているところと認められる。

これに対し、差異点として挙げた、1)接点領域小片の位置の差異は、この種物品分野において両意匠の接点領域小片位置はいずれもごく普通にみられる位置であって特徴がない上に、共に板体の上方左端寄りという共通する領域内においてのわずかな上下の変更差にすぎないため看者が特段注意を惹くものでもないことから、いまだ軽微な差にとどまり、2)接点領域小片にみられる差異について、まず、ア)の該小片の形状の差は、その小片のみを注目すればともかく、共に横長矩形状である範囲内での縦横比及び隅丸の度合の差にすぎないことから、全体として原告(請求人)が主張するほど目立つものではなく、またイ)の小片内部の区画模様の差は、確かに該小片内部の構成態様は類否判断上の主要な要素の一つであることは認められるものの、その小片のみを比較する場合はともかく、カード全体の意匠として観察した場合、カード全体の大きさに比べて小片の大きさが小さいものであるから、当該小片内部の構成態様は、意匠全体に対して相対的に視覚的な影響力が弱いものといわざるを得ない。そこで、これを前提に検討すると、まず小片内部の3隅の小区画の形状の差は、前記ア)の本願意匠の小片の隅丸の度合が大きいことによる差であってこれを取り立てて評価するほど目立つものでもなく、また小区画の数及び余地部の位置等にみられる差は、たとえこれらの差により機能上多少の差が生じるとしても視覚上格別の効果をもたらすものでもなく、またピン孔の有無に関しても極小で、かつその有無の両態様ともこの種物品においてありふれたものであることから、上記各差異点は、両意匠の小片内部につき、長辺の中央部に間隔を設けて、その左右に細い分割線で区切られた略長方形状の小区画を複数個ずつ各一列状に形成し、さらに長辺側1端において長辺の2/3の長さで細幅の余地部を設けた態様がもたらす共通感の中に埋没してしまうものであるから、限られた部位における細部に係る部分的変更の域を出ない差異ということができ、類否判断に与える影響はいまだ軽微なものというほかない。

そうして、上記の差異点が相まって、相乗的効果を生じる点を考慮しても、前記両意匠の共通点を凌駕して、これらが全体として本願意匠に独自の特徴を与えるまでに至っているとは認め難く、両意匠の類否判断を左右するものとは認められない。

以上のとおり、本願意匠は、引用意匠と意匠に係る物品が一致し、形態においても、両意匠の形態の全体の基調を顕著に表出し、類否判断を左右するところにおいて共通するものであるから、前記差異点があっても、結局、類似するものと認められる。

2-7 そうして、本願意匠は、意匠法9条1項に規定する最先の意匠登録出願人に係るものに該当せず、意匠登録を受けることができない。

第3  当事者の主張

1  原告主張の審決取消事由

(1)  審決の理由の要点2-1、2-2は争わない。

2-3のうち、本願意匠と引用意匠に係る物品がそれぞれ接点領域小片を有するカードであって、同一の物品である点については争わない。

2-4のうち、全体形状が長辺と短辺の長さの比率をほぼ同じくする薄い隅丸横長矩形状の板体である点は争わない。

2-5のうち、本願意匠と引用意匠との間に審決認定の差異点があることは争わない。

(2)  審決には、本願意匠と引用意匠との共通点を誤って認定した違法がある。

審決の理由の要点2-4における本願意匠と引用意匠との共通点の認定中、〈1〉本願意匠の接点領域小片の形状を「隅丸横長矩形状」とした点、〈2〉上記形状につき「中央部に間隔を設け」とし「細幅の余地部を設けている」とした点は、誤りである。

〈1〉についていえば、本願意匠の接点領域小片の形状は、「隅丸横長矩形状」というより、視覚的にむしろ円形である。

〈2〉についていえば、本願意匠においては、接点領域中央上端部から下左側部の枝部を経て下端部の右側まで連続した1個の接点である。本願意匠の接点領域小片内部の区画模様は、ほぼ円形の接点領域の中央部を上下に円形の直径の3分の1より大きい幅で貫通し、下から約6分の1の位置で直径の約5分の1の幅の枝部が左側に延び、下端の右側に直径の約5分の1の幅の枝部が延びている区画(原告の主張において、以下「中央区画」と表記)の左側部の枝部より上側に3個、左側部の枝部より下側に1個、右側部の枝部より上側に4個の小区画を円形の外形に沿って配置したものである。

(3)  審決には、本願意匠と引用意匠との差異点を看過した違法がある。

本願意匠と引用意匠との間には、審決が認定した以外に、次の差異点がある。

〈1〉 本願意匠の接点領域の全体形状が視覚的に矩形というよりもほぼ円形である。

〈2〉 接点領域小片内部の区画模様に関して、次の差異がある。

a) 本願意匠の中央区画の中央部の幅が接点領域の横幅の3分の1を超えるのに対して、引用意匠では、中央部の間隔が接点領域の横幅4分の1未満と、接点領域に対して細くなっている。

b) 左側小区画と中央区画の中央部と右側小区画の各横幅の比が、本願意匠でその中央部で4:5:4、上端部で約1:2:1となっているのに対し、引用意匠では7:4:7で、これはいずれの位置でもほぼ等しい。

c) 本願意匠では、上端左右及び下端左側の小区画が、他の小区画の半分以下の面積しかない三角形なのに対し、引用意匠では、いずれの小区画もほぼ等しい面積、形状の横長の短冊状の矩形になっている。

(4)  審決は、カード全体の意匠として観察した場合、当該小片の区画模様は、意匠全体に対して相対的に視覚的な影響力が弱いと判断したが、誤りである。例えば、ISO規格準拠のものならば、縦53.92~54.03mm、横84.47~85.72mmという寸法を有し、その場合の本願意匠の接点領域の大きさは縦約11mm、横約13mm、引用意匠の接点領域の大きさは縦約12.5mm、横約18.5mmとなる。この接点領域の寸法は、カードが手に持って間近で扱う物品であることを考慮すれば、十分看者の注意を惹く大きさである。カード全体の形状が規格によりほぼ同一なので、看者の注意は、自ずと差異がある接点領域へ集中しやすい。

これらの点を勘案すれば、審決が認定した2)イ)の相違点及び原告主張の上記相違点は、本願意匠に独自の特徴を与えるものというべきである。

2  取消事由に対する被告の認否、反論

審決の類否判断の背景には、本願意匠に意匠権という排他的独占権が形成されるに値する「創作価値]があるか否かを評価しようとする基本姿勢がある。審決は、当該物品分野の先行意匠等を参酌しつつ総合的に検討、評価して、形態における創作価値の存否、創作程度を見極め、形態全体に対して占める割合等の視覚的影響力も加味して、意匠全体の基調(要部)を画定し、類否を決したものである。

原告の(2)の主張について

原告主張の点は、本願意匠と引用意匠との類似の範囲内にとどまる。

(3)の主張について

審決は、原告主張の差異点には言及していないが、これらは、小片のみに係る微細な差異点である。審決は、その認定に係る2)のア)、イ)の差異点の認定で十分との判断から、原告主張の差異点には言及しなかったものである。

原告主張の〈1〉の差異点は、ICカードを使用する種々の読取装置の精度に応じて適宜設計変更される点に係る。意匠的効果からみれば、接点領域小片(IC端子盤)の縦横比の差異がよほど顕著なものでない限り、微細な差異としてしか取り扱えない。原告主張の〈1〉の差異点は、審決が共通点として認定した隅丸横長矩形状の範囲に包含されるものであって、意匠的効果の観点からは、ほとんど評価することができない程度のものである。

原告主張の〈2〉a)~c)の各差異点も、接点領域小片全体の形状差(縦横比の差)にほとんど付随する差異にすぎない。

(4)の主張も争う。審決の基本的姿勢は冒頭に示したとおりであり、その認定、判断に誤りはない。

第4  当裁判所の判断

1  審決の理由の要点のうち、本願意匠と引用意匠に係る物品がそれぞれ接点領域小片を有する集積回路内蔵カードであって、同一の物品であること、本願意匠と引用意匠が全体形状が長辺と短辺の長さの比率をほぼ同じくする隅丸横長矩形状の板体であることは、原告も争わないところである。

そして、両意匠の間に、1)の差異点(本願意匠の接点領域小片が引用意匠のそれよりやや上方に位置づけられている点)及び2)のア)(接点領域小片の隅丸の度合及び縦横比の差異)、イ)(接点領域小片内部の小区画の個数、配置、ピン孔の有無等)の差異点が存することは、審決の認定するとおりと認められる(当然、原告も争っていない。)。

2  そして、上記の差異点を更に敷衍すると、次のように認められる(別紙第一、第二参照)。

(1)  本願意匠では、接点領域小片内部の中央区画の中央部の幅が接点領域の横幅の3分の1を超えるのに対して、引用意匠では、中央部の間隔が接点領域の横幅の4分の1未満と、接点領域に対して細くなっている。

(2)  左側小区画と中央区画の中央部と右側小区画の各横幅の比が、本願意匠でその中央部で4:5:4となっているのに対し(上下端部では、中央区画の比が中央部よりも高い。)、引用意匠では7:4:7で、これはいずれの位置でもほぼ等しい。

(3)  本願意匠では、上端左右及び下端左側の小区画が、他の小区画の半分以下の面積しかない三角形なのに対し、引用意匠では、いずれの小区画もほぼ等しい面積、形状の横長の短冊状の矩形になっている。

(4)  接点領域小片の位置が、本願意匠では、板体の上方左寄りの部位であるが、引用意匠では接点領域小片の下側約4分の1が板体の中心線にかかっており、中央付近左寄りの部位に位置するという印象を与える。引用意匠の接点領域小片は横長の印象であることも加えると、板体の左側のやや上方に位置しているものの上方というよりも中央部にかかって位置している印象をより与えるものとなっている。

3  上記2の各差異点によって印象づけられる視覚上の差異も踏まえて、本願意匠と引用意匠の接点領域小片の位置及び形状を視覚的に観察すると、本願意匠のそれは、円形状に近いものが、隅丸横長矩形状の板体の左上の隅に位置づけられているものと印象づけられるのに対し、引用意匠のそれは、板体とほぼ同様の長方形の形状のものが、左側の上下関係ではより中央付近に位置するものと印象づけられるものと認められる。接点領域小片内部の小区画の個数、配置、ピン孔の有無等の差異も、それぞれは細かな差異であるが、上記の印象の差異に影響を及ぼしていることは否定できない。

そして、この印象の差異は、接点領域小片が同様の形状の板体の左方の上方に位置するという、本願意匠と引用意匠との共通点を凌駕して、本願意匠と引用意匠とが類似するものと認めることができないものにまで達しているものというべきである。

4  そうすると、本願意匠と引用意匠とは類似するとした審決の認定判断は誤りであり、審決は、両意匠の類否判断を誤ったものというべきである。

第5  結論

以上のとおりであり、審決は取り消されるべきである。

(平成10年12月24日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙第一 本願の意匠

意匠に係る物品アイシーカード

説明 左側面図は右側面図と同一にあらわれる。

底面図は平面図と同一にあらわれる。

〈省略〉

別紙第二 引用の意匠

意匠に係る物品集積回路内蔵カード

説明 右側面図は左側面図と同一に、底面図は平面図と同一に表れる。

〈省略〉

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